土星環

土星環(土星帯)とは土星丘を切り取るように刻まれる線で、最凶の不運相と言われています。

基本的に木星丘は運命線の最後が至る場所であり、この部分に右図のような線が刻まれいるということは、すなわち運勢に対する妨害になるのでしょう。

この相を持つ人は陰湿で迷いが強く、変わった人(変人?)という意味合いが強いようです。

人生における挫折・苦悩を暗示する凶相です。

どれだけ努力してもむくわれる事なく、失意に嘆く結果となり、ついには自暴自棄に至る手相の中でも最大の凶相と言われています。

土星感は特殊な性格を有す事を表す相で、芸術家や文学で普通の人には出せない味を出すことができる為、一部の人から熱狂的支持を受ける可能性もあるとのことです。

筆者の土星環。もうこれは、土星環と認めざるを得ない・・・。

まあ、かくいう私がこの「土星環」を右手にもっているのが、なんとも・・・。
いや、自分はこれを「土星環」だとは認めたくなかったんですが、多分これ、やっぱり土星環なんです。
私は孤独を愛し、人といることを極力避ける傾向にあります。
よく私に対して「実際に会って手相を見てください!」とメールされる方がいましたが、私はそれをことごとく断ってきました。
これは不幸な幼少期~30歳までの、人間関係での失敗に起因するものですが、~30歳頃までほとんど孤独に過ごしてきたせいか、一人でいることをなんとも思わなくなってしまったんですね。
果たしてこれが、幸せなのかどうか・・・私自身は人といると強いストレスを感じるタイプで、人と話すこともあまり好きではないし、できれば戦場ヶ原のような草原で一人ぼーーーーっとしていたい、と思っているほどです。
なので観光は専ら僻地へ向かい、自然の美しい写真を撮りながらひとりぼーっとしています。

まぁこういう性質ですから、一つの物事をとことん突き詰めていく性質があり、専門家としての技術は高いので、その点が評価されることはあります。
ただし、私はできることがごく限られているために、大企業の社員のように何でもほどほどの水準でこなす必要のあるような仕事は、あまり向かないです。
実際、私は専門スキルを買われて大企業へ入社したことがありますが、私の能力的に無理でした。
そもそも多くの人間と交渉が必要な環境は、私にとってストレスでしかありませんでしたね。

「土星環」で検索すると、天才の相だとかなんだとか良いことばかり書いてあるサイトが多いのですが、なんの文献を参考にしたのかわかりませんが、土星環は基本的に「凶相」ですよ。
私が自分の土星環?をかたくなに土星環と認めたくなかったのも、古い文献を多く参照し、その多くが土星環を凶相と結論づけていたためです。

考えても見てください、土星環は運命線のたどり着く終点です。
この地点に、運命線を妨害するかのように刻まれるのが土星環であるわけです。
終始孤独を愛し、自分のやりたいことだけしかやらない、周囲からの強調も得られず、家族や友人も離れていき、最後は孤独な老人として生涯を閉じる、という悲しい暗示があるのが、土星環なわけです。
私は若い頃から自分の手相に土星環があったため、なんとか他人とコミュニケーションをうまく取り、一般人として幸せな人生を歩もう、としてきました。
非常に頭の悪かった私が、難しい資格をとり、大企業に入社し、一般人としての「平凡な幸せ」というものはどういうものか、と体験してみたのですが、私には到底耐えられるものではなかったんです。

土星環を持つ人は、残念ながら「多くの家族親族友人に囲まれにぎやかに、幸せに生きる」というのは諦めた方がよいかもしれません。
けれどもそれは本人にとって不幸なことではなく、一人孤独を愛し、自然の美しさや神仏に対する畏敬の念、心の中に広がる無限の世界との関わりといった、一般人には考えもつかないような精神世界を独占できるという、特殊な幸せがある、という事も覚えておいてください。

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